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高知地方裁判所 昭和45年(ヨ)153号 決定

申請人 茂松延章 外四名

被申請人 株式会社高知放送

主文

一、被申請人は申請人らに対しそれぞれ

1  別紙目録(一)記載の金員を支払え。

2  昭和四五年八月一日以降毎月二五日限り別紙目録(二)記載の金員を支払え。

二、申請人らのその余の申請を却下する。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、当事者双方の求める裁判

申請人ら代理人は、「被申請人は申請人らに対しそれぞれ1別紙目録(三)記載の金員を支払え。2昭和四五年八月一日以降毎月二五日限り別紙目録(四)記載の金員を支払え。」との裁判を求めた。

被申請人代理人は「申請人らの本件申請はいずれもこれを却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求めた。

第二、申請理由の要旨

申請人ら代理人は「1被申請人は肩書地に本社を置きテレビラジオの放送事業を営む株式会社であり、申請人らはいずれも、被申請人に雇用されて被申請人の本社事業場に勤務していた従業員であり、被申請人の従業員により組織されている高知放送労働組合(以下「組合」と略称する。)の組合員であつたが、被申請人は、昭和四一年九月三日付で、申請人茂松、同宅宮、同石川、同中山に対し、右申請人ら四名が昭和四一年の春季闘争において違法な争議行為を行なつたとし、それが就業規則第三三条第六号に違反し、同第四八条第一号、第三号等に該当するとして解雇の意思表示をなし、また昭和四二年四月二二日付で、申請人塩田に対し、同申請人が同年二月二二日および同年三月七日の両夜、アナウンス担当員として宿直勤務についていたにもかかわらず、いずれもその翌朝寝すごして午前六時からのラジオ放送の全部または一部ができなかつたことにつき、それが就業規則第四八条第一、二、四、六の各号に該当するとして解雇の意思表示をした。申請人茂松、同宅宮、同石川、同中山は、被申請人がなした右解雇の処分を不当として同年九月一三日高知地方裁判所に従業員地位保全の仮処分命令を申請(同裁判所同年(ヨ)第一七五号事件)したところ、同裁判所は昭和四三年七月三日右申請人ら四名がいずれも被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位を仮に定め、かつ被申請人に対しそれぞれの平均賃金の支払を命ずる旨の判決をした。そこで、被申請人は右判決を不服として高松高等裁判所に控訴したが、昭和四四年九月四日同高等裁判所においても控訴棄却の判決がなされたので、更に最高裁判所に特別上告し、該事件は目下最高裁判所に係属中である。また、申請人塩田も被申請人のなした前記解雇の処分を不当として昭和四二年六月三日高知地方裁判所に従業員地位保全の仮処分命令を申請(同裁判所同年(ヨ)第七五号事件)したところ、同年一二月八日同地方裁判所は、同申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定め、かつ被申請人に対し平均賃金の支払を命ずる旨の判決をした。そこで、被申請人は右判決を不服として高松高等裁判所に控訴したが、昭和四三年七月一六日同高等裁判所においても控訴棄却の判決がなされたので、更に最高裁判所に特別上告し、該事件は目下最高裁判所に係属中である。2被申請人の申請人らに対する解雇の意思表示は、口頭弁論を開き審理された前記各仮処分事件において、いずれも解雇権の濫用に当るものとして無効であると認定されている。ところで、申請人らは、それぞれ前記各仮処分命令が発せられた後は、被申請人より解雇の意思表示を受けた各時点における平均賃金の支払を受けて現在に至つているが、本件各解雇がなされずに被申請人会社の従業員として勤務していたならば他の従業員と同様毎年のベースアツプ、定期昇給、毎年夏季・冬季の二回にわたる各臨時手当の支給を受けることができたはずである。そして異常な物価の高騰および子女の成長に伴う生活費、学費等の支出増の中で、本来基本賃金を補うための生活補助的性格を有し賃金の後払いと解される一時金の支給もなく、三年ないし四年前の賃金額のみでは到底生活を維持することができず、家計は赤字に悩み労働金庫や親族、友人らからの多額の借金によりようやく生計を糊塗して来たのであるが、これ以上金策の途もないうえこれまでの借入金についても借入先から返済を迫られている状況であつて、その生活は極めて逼迫しており、既に申請人らは回復しがたい重大な損害を蒙る状態にまで立ち至つている。よつて各解雇時より現在に至るまでの間において申請人らが得べかりし右ベースアツプを含む賃金額および各季の一時金の合計額から前記仮処分命令により現実に支払をうけてきた賃金額を控除した差額分ならびに申請人らが解雇されなかつたら支給されるものと推定される現在における賃金額のうち前記仮処分命令により仮払を命ぜられている賃金額を超過する部分の本案判決確定に至るまでの支払を求めるため申請の趣旨記載の仮処分命令を求めるため本件申請に及んだ。」と主張する。

第三、当事者間に争いのない事実

前掲申請理由の要旨記載のうち、1記載の事実および、前記各仮処分事件がいずれも口頭弁論を開いて審理され、被申請人の申請人らに対する解雇の意思表示がいずれも解雇権の濫用に当るものとして無効と認定されたこと、および申請人らがいずれも右仮処分命令が発せられた後は解雇の意思表示を受けた各時点における平均賃金の支払を受けて現在に至つていることは、当事者間に争いのない事実である。

第四、当裁判所の判断

一、被保全権利について

申請人らの提出にかかる疎明によれば、申請人らが主張するように、被申請人から申請人らに対してなされた前示各解雇の意思表示はいずれもその効力がなく、申請人らは引続き被申請人の従業員たる地位を有するものと一応認めることができるから、申請人らは被申請人から当然に賃金(基本給に諸手当を加算したもの)ならびに各季の一時金の支払を受ける権利を有するといわなければならない。そして、地位保全のごとき相手方の任意の履行に期待する仮処分命令には執行力がないが、右仮処分命令も裁判である以上当事者間に有効なものとして妥当するものといわなければならない。従つて、地位保全の仮処分命令の内容としては解雇された従業員が、解雇当時の労働条件に従つて待遇されるべきは当然のことであるのみならず、同種の一般従業員につき賃金その他の労働条件の改訂が行われた場合には、その改訂された条件に従つて待遇されなければならないとの趣旨をも内含していると解すべきが相当である。

ところで、被申請人は、昇給についてはその昇給期の直前六ケ月以上、一時金については夏季一時金の場合は前年の一〇月一日からその年の三月末日まで、冬季一時金の場合はその年の四月一日から九月末日まで、それぞれ勤務した者に限り、昇給がなされたり各季一時金が支給されるべきものであるところ、申請人らはいずれもその主張する昇給ならびに一時金については右に述べたような必要期間の勤務をしていないから、その請求権がない旨主張する。なるほど、被申請人提出の疎明によれば、被申請人の右主張に副うような昇給協定書ならびに賞与規程の条項があることが一応認められるけれども、申請人らがいずれも被申請人に対して一応従業員としての雇傭契約上の地位を有するものとされているものでありながら、現実に勤務についていないのは、申請人ら提出の疎明によれば、申請人らが就労を希望し常に労働力を提供する態勢にあるにもかかわらず、被申請人がかたくなに申請人らの就労を拒んでいることによるものであることが一応認められるのであり、かかる事情に由来する以上、申請人らはいずれも現実に勤務についたと同視されるべきが相当であつて、申請人らが前記賃金協定書ならびに昇給規程にいう「勤務をしていない者」に該当するということは当を得ないというべきであるから、被申請人の右主張は理由がない。

さらに被申請人は、労働契約の内容をなす賃金の変更であるベースアップとか一時金の支給は使用者と当該労働者との間のこれに関する契約もしくは使用者とその労働者の所属する労働組合との間の労働協約の成立が必要であるにもかかわらず、被申請人は申請人らのベースアップや一時金の支給に関しては申請人らとの間の契約はもとより組合との間の協約も締結していないから申請人らにはこのような請求権がないと主張する。そして申請人ら提出の疎明によれば、被申請人と組合との間において、昭和四二年九月二一日に同年夏季賞与に関し、同年一二月一一日に同年々末賞与に関し、昭和四三年四月二四日に同年度の昇給に関し、同年六月二九日に同年夏季賞与に関し、同年一二月一八日に同年々末賞与に関し、昭和四四年五月七日に同年度昇給に関し、同年六月三〇日に同年夏季賞与に関し、同年一二月一五日に同年々末賞与に関し、昭和四五年五月二五日に同年度昇給に関し、同年六月二六日に同年夏季賞与に関しそれぞれ協定が結ばれ協定書が作成されていることが一応認められるが、申請人らが高知放送労働組合の組合員であり、一応被申請人の従業員としての地位にある者といえる以上、申請人らに対しても右労働協約の効力は及ぶものというべきである。もつとも、昭和四二年度の昇給については労働協約は成立せず、個々に契約が結ばれ、申請人らに関してはその契約がなされなかつたことが疎明されているところであるけれども、そもそも賃金の変更につき使用者と当該労働者との間でこれに関する契約をなすことを必要とするのは労働者の利益を保護する趣旨に出たものであると解せられるから、何ら労働者に不利な条件の付加されない賃金の増額のごときは、使用者の意思表示があれば労働者から異議のない以上黙示の承諾があつたと認めてしかるべきであるから、被申請人の右主張もまた理由がない。

そこで昇給および一時金の算定方法ならびに数額につき順次検討する。

申請人ら提出の疎明によれば、申請人茂松らが解雇された昭和四一年九月三日から昭和四五年七月三一日までの間に被申請人会社における賃金昇給および一時金の支給期ならびにその算定方式が別紙目録(五)記載のとおりであること、申請人らの解雇当時の基本給が申請人茂松は金三八、四六八円、同宅宮は金三四、三二七円、同石川は金二五、五四二円、同中山は金二六、三三八円、同塩田は金二二、八〇〇円であつたこと、当時申請人茂松は家族手当として金四、六〇〇円(妻金二、二〇〇円、子供二人各金一、二〇〇円)を、同宅宮は家族手当として金三、四〇〇円(妻金二、二〇〇円、子供金一、二〇〇円)を、同石川は資格手当として金一、〇〇〇円をそれぞれ受けていたこと、昭和四二年から申請人茂松および同宅宮の妻はいずれも就職していること、申請人塩田が昭和四四年一一月三日に結婚し昭和四五年七月六日長女が出生しその家族手当は妻が金二、二〇〇円、子供が金一、二〇〇円であることが一応認められる。

そして賃金の昇給分ならびに一時金の額の中にはいずれも被申請人が過去における従業員各人の勤務実績、労働能率などを勘案して決定する査定部分があり、その査定による区分は上位からA、B、C、D、E、またはA、A′、B、B′、C、C′、D、D′、Eの順で査定部分の金額が定められていることが申請人ら提出の疎明により一応認められるが、申請人らに関する査定がその主張するように平均のCであることについては疎明がないから、すべての従業員に一応保障されているとみられる査定区分であるEの限度において疎明があつたものと認めるべきである。

そして以上に述べたところに基づき申請人らの昭和四二年四月一日、昭和四三年四月一日、昭和四四年四月一日および昭和四五年四月一日の各現在における基本給の額ならびに昭和四二年四月一日から昭和四五年七月三一日まで(ただし申請人塩田については昭和四二年五月一日から昭和四五年七月三一日まで―同申請人は右期間の昇給分しか請求していない―)の昇給分の合計額は別紙目録(六)記載のとおり計算され、また各季別一時金の金額とその総額は別紙目録(七)記載のとおり計算される。

しかして次に昭和四五年八月一日現在における申請人らの賃金すなわち基本給に各種手当を加算し現実に支払われるべき金額について、本件にあらわれた疎明ならびに前叙計算したところを斟酌し考察するに、申請人茂松については、その基本給金六一、一三三円に、扶養家族が母と二子であるから家族手当金三、〇〇〇円を加算すると金六四、一三三円となり、申請人宅宮については、その基本給金五六、〇四五円に、扶養家族が一子であるから家族手当金一、二〇〇円を加算すると金五七、二四五円となり、申請人石川については、その基本給金四五、二五三円に資格手当金一、〇〇〇円を加算すると金四六、二五三円となり、申請人中山については、扶養家族がないからその基本給金四六、二三〇円がそのまま賃金額となり、申請人塩田については、その基本給金四一、八八三円に、扶養家族が妻と一子であるから家族手当金三、四〇〇円を加算すると金四五、二八三円となる。なお申請人塩田は、前述のように昭和四四年一一月に結婚し、昭和四五年七月に一子を儲けて、これら妻子を扶養しているから、妻には月額金二、二〇〇円、子には月額金一、二〇〇円の家族手当が支給されるべきであるが、昭和四五年七月三一日までの分の支給を受けておらず、この額は合計金二一、〇〇〇円となる。

二、保全の必要性について

(一)  申請人ら提出の疎明によれば次のような事実が一応認められる。

1 申請人茂松は妻と子供二人、母、姪の六人家族であるが、その生活費としては毎月少くとも金六九、〇〇〇円の支出を要している実情にあるところ、同申請人が被申請人から支払を受けている金四三、〇六八円から健康保険料約金二、〇〇〇円、失業保険料金二五〇円、組合費金一、六〇〇円、労働金庫への返済金一〇、八〇〇円を差引いた金三〇、〇〇〇円足らずの金額に昭和四二年から妻耿子が三里保育園に保母として勤務して毎月受ける賃金三一、七七一円(手取額)をあわせても前記経常的な生活費をまかなうことができず、毎月の家計の赤字は妻が勤務先から支給される賞与(年額金七〇、〇〇〇円程度)と組合や労働金庫からの借入金で補填するなどして辛うじて生計を維持している状態であり、現在組合に対し金二四七、〇〇〇円、失業保険返済金未払分金二三八、〇〇〇円、健康保険返済金未払分七四、七〇〇円、労働金庫に対し金四〇〇、〇〇〇円、友人らに対し金四〇、〇〇〇円程度の債務を負担している。

2 申請人宅宮は妻と子供一人の三人家族であるが、その生活費としては毎月少くとも金五六、六九八円の支出を要している実情にあるところ、同申請人が被申請人から支払を受けている金三七、七二七円から健康保険金、厚生年金保険金、失業保険金、組合費などを差引いた金三三、〇〇〇円のみでは一家の生計を維持することはできず、昭和四二年から就職した妻和子が得る月額金二五、〇〇〇円の賃金をあわせて不足勝ちながらも漸く生計を維持しており、現在組合から金二六七、〇〇〇円、労働金庫から金二三〇、〇〇〇円友人から金八〇、〇〇〇円、姉と妹から合計金一〇〇、〇〇〇円を借り受け、住民税未払分金一七、〇〇〇円、失業保険仮受給分未払金二三七、三〇〇円、健康保険金未払分金六〇、〇〇〇円等の債務を負担している。

3 申請人石川は二九才の未婚の青年であるが、その生活費としては毎月金二八、九九七円程度の支出(組合費金一、〇五〇円、社会保険料金一、八八七円を含む)を要している実情にあるところ、被申請人から支払を受けている賃金二六、五四二円では右支出をまかなうことができず、毎月金二、四〇〇円ないし二、五〇〇円程度の支出増となつているのであつて、その家計の赤字は同申請人が本件解雇以前に貯えていた金額一〇〇、〇〇〇円程の預金を逐次引き出して補填していたがそれも既に枯渇したので組合から生活資金の貸付を受けるなどしてまかなつて来たものであり、現在組合からの生活資金貸付金一八七、〇〇〇円、失業保険金仮受給金未払分金一五五、四〇〇円、健康保険料、厚生年金保険料の未払分金四三、二一五円、住民税未納金一五、〇〇〇円位、所得税未納金一〇、〇〇〇円位の合計約金四〇三、六一五円の債務を負担している。

4 申請人中山は現在妻と二人家族であるが、妻は懐姙しており近々分娩の予定であるところ、同申請人は被申請人から支払を受けている金二六、三三八円から社会保険料、労働金庫返済金、組合費等を控除した金額二〇、七八一円で従来生計を維持して来ていたものである。ところで昭和四五年三月二八日に結婚して以来生活費は月額金五三、三九六円程度を要しており、妻が三里保育園に保母として勤務して支給されている賃金二七、一八六円(手取額)をあわせても右経常的な生活費を支弁するに足りず、家計の赤字は妻が結婚前に貯えていた預金を逐次引き出して補填したり同女の受ける賞与や他からの借金で補填しているが、今日においては妻の受ける僅かな右賞与を除いては補填の資源も枯渇している状況である。そして現在組合からの借入金二六六、〇〇〇円、失業保険金仮受給金未払分金一七二、二〇〇円、健康保険厚生年金保険金未払分金四三、三三五円、住民税未納分金一七、〇〇〇円、労働金庫からの借入金二五、〇〇〇円、友人や親戚からの借入金一二〇、〇〇〇円の合計金六四三、五三五円の債務を負担している。

5 申請人塩田は妻と子供一人および父の四人家族であつて、月額金六二、五九〇円程度の生活費(ただし、労働金庫への返済金四、〇〇〇円および組合費金九四〇円を含む)を要するのであるが、子供の成長に伴う生計費の増加は必然的であるにもかかわらず、同申請人が被申請人から支払を受けている賃金は金三四、〇九五円であつて、それから健康保険金、厚生年金保険金等の掛金、および住民税の合計金二、三四二円を差引くと金三一、七五三円になるのであるが、これに父から受ける月額金一八、〇〇〇円の生活費の分担金と妻光子の実家から援助を受けている月額金五、〇〇〇円を加えても前記経常的な生活費を支弁するに足りず、家計の赤字は組合からの生活借入金や妻が結婚前に貯えていた預金を引き出して補填してきたものであり、現在、組合に対し金二〇〇、〇〇〇円の債務を負担している。

6 申請人茂松、同宅宮、同中山、同石川に対しては、昭和四三年六月まで民間放送労働組合連合会から一人当り毎月金五、〇〇〇円の給付金が交付されていたが、同年七月になされた前記仮処分判決に基づき被申請人より遡つて賃金の支払を受けた際、これを失業保険仮受給分ならびに組合からの生活資金の貸付金(民間放送労働組合連合会の貸付金を含む)の返済にあてるため一たん組合にあずけたが、組合資金の枯渇のため、組合からの貸付金の弁済に充当し、失業保険仮受給分は未払いの状態となつた。

(二)  そこで、申請人らが昭和四五年八月一日以降毎月支払を求める部分の必要性について判断する。

申請人らおよび被申請人の提出にかかる疎明によれば、高知県の消費者物価指数は昭和四〇年度を一〇〇とした場合、総合指数で昭和四五年四月には一三三・九一、食料品で昭和四五年四月には一四一となつており、毎年数パーセントの上昇率を示していること、昭和四四年四月の高知市における世帯標準生計費(人事委員会算出)は世帯人員一人で金二〇、二四〇円、二人で金三七、九〇〇円、三人で金五〇、一一〇円、四人で金五八、八八〇円、五人で金六三、九九〇円であるが、右物価上昇率を考慮して比較すると、申請人石川を除く各申請人についての前記認定の生計費はいずれも右標準生計費を下廻つていること、総理府統計局作成の家計調査報告では昭和四五年二月当時の高知市における勤労者世帯の平均家計は世帯人員三・六人に対し実収入金八五、三四〇円、実支出金八三、八〇八円という数値が示されていることが一応認められる。

そして、現今のわが国における経済状態のもとでは、物価の高騰にともない労働者の賃金もかなり短期間に上昇していることは顕著な事実であるが、物価の高騰が先行し賃金の上昇がその後を追う傾向にあることも周知の事実である。さらに申請人らが右物価の高騰による支出増加の上に扶養家族の増加や子女の成長に伴う生活費、学費の支出増を余儀なくされている状況にあることがうかがわれる。また前記標準生計費の数値を仔細に検討すれば、標準生計費はむしろ最低限度の生活を維持するのに要する費用というべきものであり、その数値の範囲内にある申請人らの家計は勿論のこと、範囲外にある申請人石川の生計費についても極めてきりつめたものであるといわざるをえない。

そして生活の困難さは当該労働者の職業、経歴、地位、年令等を勘案して認定されるべきところ、被申請人が高知市における有力企業であり、その従業員たる申請人らの地位および社内における勤務年月(申請人塩田を除き一〇年以上)等を考慮すると、申請人らは本来いずれも高知市における平均勤労者世帯を上廻る生活を営むことのできる者であることが容易に推測できるのである。ところが、現在より四年前(申請人塩田については三年前で家族手当を含まないもの)の賃金しか支払われていない申請人らおよびその家族の生活は前記認定したように極めて困難な状態に立ち至つていることが一応認められるのであり、しかも今後とも被申請人が申請人らの就労を拒みつづける可能性が大きく、従つて一時金や昇給分の給付につき任意の履行の見込のない以上、さきに認定した昭和四五年八月一日現在の賃金額から前記仮処分判決により仮払いを受けている金員を控除した残額全部(別紙目録(二)記載の金額)について今後の支払を命ずる必要性を肯定するに充分であるといわざるをえない。

なお、被申請人茂松、同宅宮、同中山についてはそれぞれの妻の、申請人塩田については、その父の収入も考慮に入れた上で必要性を判断すべきであると主張するけれども、右各申請人の妻の収入はいずれもそれのみで生計を維持するに足るものではなく、共稼ぎをするようになつた経緯に鑑みると右各申請人らが被申請人から仮払いを受ける賃金をもつて営む生計を補う意味を有するにすぎず、申請人塩田の父の場合は本来別個に営まれるべき二ツの家計がたまたま同一世帯で営まれているにすぎないとみるべきであつて、生活扶助の義務も仮払いの必要性の判断に先行するものとは考えられないから、右保全の必要性の判断に何らの影響を及ぼすものではなく、被申請人の主張は採用できない。

(三)  次に本件申請のうち過去における賃金改訂による差額分および一時金の遡及支払を命ずる仮処分の必要性について検討する。

申請人らは前記認定のように極めて困難な生活状況におかれており妻の共稼ぎなどによつてもこれを補えず、組合および労働金庫等からの借入金で辛うじてその生活を維持して来たものの負債は多額にのぼつているのである。

わが国においては一般労働者に支払われるいわゆる賞与等の一時金は使用者から恩恵的儀礼的に与えられているものではなく、また企業利潤の分配というもののみでもなく、基本賃金を補うための臨時の生活補助的な性格を強くする賃金の後払いともいうべきものであり、家族手当を含む毎月の賃金はその月の通常生活費をまかなうだけのものであると考えられるから、被申請人より前記賃金改訂による差額分の給付を将来にわたつて毎月支給されても、一家の生計を維持するに必要な程度にとどまり、余剰を生ずる余地はないものというべく、かつこれまで一時金の支給がないのは勿論のこと、三ないし四年前の賃金の支給で生活を維持せざるをえなかつた申請人らの家計には相当なひずみが生じているものといわざるをえない。

よつてこれら諸般の事情を併せ考えるとき、申請人らに対しそれぞれ過去における賃金改訂による差額分ならびに一時金の遡及支払の必要性を肯定することができるものというべきである。

なお、被申請人は所得税法、地方税法、失業保険法、健康保険法、厚生年金法に基づく税金ならびに保険金については賃金より控除する権利があるから、それを控除した金額についての支払を命ずべきであると主張するので付言するに、使用者が従業員に対し賃金を支払うのは従業員との間に結ばれたところの労働力の提供と賃金の支払とを対価関係に立たしめる契約の履行という私法上の法律関係に基づくものであり、この理はたとえ裁判によつて給付を命じられるような場合であつても同様である。一方使用者が従業員の賃金から保険料や税金を控除し関係機関に納付しているのは本来従業員が申告し納税すべき義務を負うにもかかわらず特に国策上徴税の確実を期して賃金の支払をなす使用者をして賃金の中から徴収させ(所得税法第六条参照)、あるいは使用者が賃金に見合う保険料を関係機関に納付すべき義務を有するから(厚生年金保険法第八二条二項、失業保険法第三四条、健康保険法第七七条参照)、賃金の中から特に従業員の負担すべき保険料相当額を控除することが許されているにすぎない(厚生年金保険法第八四条一項、失業保険法第三三条、健康保険法第七八条参照)。いずれにしてもそれは使用者と従業員との法律関係に基づくものではなく公法上使用者が負担する義務の履行に由来するいわば反射的権利とでもいうべきものであるから、私法上の権利義務関係の確認に基づく給付命令の内容に何らの影響をもたらすものではなく、使用者は支払を命じられた金員の中から当然に保険料および税金相当額を控除することができるものと解される。

よつて本件仮処分申請は別紙目録(一)および(二)記載の金額の限度においては理由があるので無保証でこれを認容することとし、その余の申請部分は理由がないのでこれを却下することとし申請費用については民事訴訟法第八九条、第九二条、但書に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 安藤保壽 井筒宏成 小野聡子)

(別紙)

目録(一)

申請人氏名

金額

茂松延章

一、七三一、七〇九円

宅宮望

一、五七九、五三二円

石川幸男

一、三〇八、六五〇円

中山卓也

一、三〇九、一三六円

塩田正興

一、〇九八、〇二二円

目録(二)

申請人氏名

金額

茂松延章

二一、〇六五円

宅宮望

一九、五一八円

石川幸男

一九、七一一円

中山卓也

一九、八九二円

塩田正興

一一、一八八円

目録(三)

申請人氏名

請求金内容

合計

賃金昇給分

一時金分

茂松延章

四八七、〇一二円

一、四一八、五七四円

一、九〇五、五八六円

宅宮望

四六八、〇八〇円

一、二七五、三二八円

一、七四三、四〇八円

石川幸男

四二八、〇〇四円

一、〇四八、七九二円

一、四七六、七九六円

中山卓也

四三一、六二〇円

一、〇四五、六六一円

一、四七七、二八一円

塩田正興

四一一、八八八円

八二八、六七八円

一、二六〇、五五六円

(但し家族手当二一、〇〇〇円を含む)

目録(四)

申請人氏名

昭和四五年八月一日以降の賃金差額分

茂松延章

二六、六三五円

宅宮望

二五、六八八円

石川幸男

二三、六八二円

中山卓也

二三、八六三円

塩田正興

二六、四五四円

目録(五)~(七)〈省略〉

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